『となりのトトロ』

 金曜ロードショーで『となりのトトロ』をやると知って旦那が、久々に見たい、というので一緒に見たら、うっかり大泣きしてしまった。

 年をとって涙腺が緩んだのよ〜と思うのだが、それ以上に自分の子供時代を思い出してしまったのだ。

 

 見たことない、という人は少ないんじゃないかな? と思うスタジオジブリ作品『となりのトトロ』。見たことはなくても、トトロを知らない人はいないと思う。

 私の世代からしたらトトロの世界観はすでに昔のものだ。それなのに、なぜか不思議と郷愁を誘うのだ。田んぼが連なる景色、木造の校舎、古い神社。そういうものとは縁が遠いのに、それでも子供心ながらに、懐かしい、という感覚があった。

 それと同時に、私にとって『となりのトトロ』は恐怖の映画だった。

 

 トトロのどこが怖いんだよ? と旦那に不思議がられるのだが、あれは子供のときに初めて映画を見たからこそわかる感情なのかもしれない。

 まず怖いのが、先の見えない階段。さつきとメイが家の階段を見つけて見上げるあの画面が、怖いのだ。どうして怖いのかは、実際にああいう暗さを知っているから。

 祖父母の家は、山口県の田舎にあった。平家の木造住宅で、あの家でいろいろな楽しい思い出と暗さの怖さを体験した。

 平家の家の廊下は、スイッチをつければ明るくなる廊下だったけれど、節電のためか、夜になれば真っ暗にしていた。廊下の突き当たりにトイレがあって、みんなのいるリビングからトイレまでが離れていたので、一人で行くのがとっても怖かった。

 あの暗さが、あのシーンにはあるのだ。

 次に怖いのが、夜、薪を取りに外に出るシーン。風がびゅうっと吹いて木々がざわざわと動くのが怖くて仕方がない。そのあとのシーンで、家がガタガタ鳴るのも、あの祖父母の家を思い出してしまうのだ。いまの子供たちには、家がああいう風に鳴る感覚、わからないのかもしれない。

 お父さんを待つバス停も、怖い。暗がりのなかぽつんとたった二人でいるのは、自然が自分を覆い隠してしまうんじゃないかと思ってしまうのだ。しかもそばには稲荷神社らしきものもある。あの水滴がぽつりぽつりとするところも、うわぁ! となってしまう。陽のあたる時間帯に見るのなら全く平気だというのに、夜の闇というのは恐ろしい。

 そして、お母さんの病気も怖かった。いまでは予備知識があるから怖くないのだが、子供のときは、どうして元気そうなお母さんが病院に入院しているのだろう? と不思議で仕方なかった。しかも、お母さんが死んじゃうかも、とさつきは泣くのだ。

 なんで、死んじゃうの?

 ぱっとみて原因のわからないお母さんの病気、しかもそれは死んでしまうかもしれない病気なのだ。

 自然の怖さに病気の不条理さ。私の中の『となりのトトロ』はそういう世界観の中にあったのだ。

 

 

 祖父母が住んでいた家はいろいろあって人手に渡ってしまって、いまでは思い出の中にしか存在しない。あの廊下の暗さも、風が吹けば揺れる窓も、広い畳の部屋も、ちょっと深いお風呂も、遠い思い出だ。

 でも、小さい頃に体験したあの怖さは、私の記憶にしっかりと残っている。ついでに、一人でいなくてはいけない寂しさも、お姉ちゃんの正論に任された悔しさも、迷子になってしまった心細さも覚えている。

 そういう感情がごちゃまぜになって、つい大泣きしてしまったのだが、一緒に映画を見ていた旦那はびっくりしたに違いない。

 今度見るときは、一人でみようと反省してる。