その独特な世界に笑って

 さくらももこさんが8月にお亡くなりになられたニュースを見て、中学校の図書館を思い出した。

 私が中学生のとき、図書館で漫画を貸し出しするかどうか、というのが問題になっていた。本は知識教養を身につけるのに必要だが、漫画は個人で楽しむもの。だから図書費で漫画を買うのは間違っている、という意見の人もいれば、漫画から本へと読書の幅を広げるいい機会になるのではないか。漫画があれば普段図書館に来ない子供たちが図書館に来るようになるいいキッカケになるのではないか、という意見の人もいた。

 そういう意見がある中で、私の通っていた中学校にはぼちぼちと漫画が置いてあった。代表はやっぱり『はだしのゲン』で、私は怖くて手を取らなかったけれど、読んでいる人はたくさんいた。『三国志』や『どんぐりの家』なんかも置かれていて、その中に『コジコジ』と『永沢君』が置いてあった。

 なぜそのチョイスだったのかは不明だけれど、どちらも面白くて借りては返し、思い出した頃にまた借りて、を繰り返していた。特に『コジコジ』は大好きで、何度読んでもケタケタと笑ってしまって、こういう面白い漫画を描ける人が、ちびまる子ちゃんなんだなぁと思っていた。

 

 さくらももこさんの作品で、やっぱり一番最初に出会うのは、アニメの『ちびまる子ちゃん』だと思う。日曜日のサザエさんとまるちゃんは連続して見ていた、翌日から学校だと思わせるアニメだった。だから見終わると少し憂鬱になったり、宿題をしていなかったことに焦ったり、私にとっては一週間の節目のようなアニメだった。

 アニメは散々見ていたにもかかわらず、コミックスの『ちびまる子ちゃん』は読んだことがない。というか子供の頃には、『ちびまる子ちゃん』はアニメであって漫画というものが存在するだなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。

 それなのに、我が家には『大野君と杉山君』のデカイ漫画本があったのだ。そのあたり私の脳みそはどういう処理をしていたのかはわからないが、デカイ漫画本だったので、きっとさくらももこさんが特別に書き下ろした漫画なのだ、くらいに考えていたに違いない。

 結局、アニメの『ちびまる子ちゃん』はいろいろな話を見たというのにあまり記憶に残っていなくて、私の『ちびまる子ちゃん』はこの『大野君と杉山君』なのだ。だから、私の記憶の中の大野君は引っ越したまま、もう二度と会えない同級生なのだ。

 

 そのうち、さくらももこさんはエッセイも書いている、ということを知った。初めて読んだのは『もものかんずめ』だったか、漫画のセンスが文章になってる! ととても驚いたし、面白かった。他のエッセイも気になっていろいろと読んだのを覚えている『そういうふうにできている』『ももこの世界あっちこっちめぐり』『さくらえび』などなど。

 印象に残っているのは『憧れのまほうつかい』で、ル・カインという絵本作家がいたことを知らなかった私は、こんな素敵な絵を描く人がいるんだ、と心底驚いたことを覚えているし、さくらももこさんのエッセイが痛快だったのも覚えている。

 訃報を聞いて、そういう記憶がどっと思い出されて、昔読んだエッセイが懐かしくなった。なんらかの形で漫画やエッセイのフェアとかしてくれないかな、と近所の書店に行くたびに思うのだ。