あの映像の中にいた人

 佐々淳行さんがお亡くなりになられたことを、新聞で知った。佐々さんは警察・防衛官僚だった方で、危機管理の重要性を訴えていた人だった。私はテレビで佐々さんの危機管理についての話を、中学生か高校生のときに見たことがあって、「こういうことを考えている人がいるんだな」という印象を抱いていた。

 そうした認識の中、何気なしに父親の本棚を見てみると、佐々さんが書かれた本があった。それが『連合赤軍あさま山荘」事件』の文庫本だった。当時は「あさま山荘? なんじゃそりゃ」ぐらいの認識しかなかったので、そのタイトルを見てどういう事件だったのか私にはわからなかった。それでも読んでみようと思って、こっそり父親の本棚から拝借し、読み終えた。

 衝撃だった。十代二十代の人間が一つの思想にのめり込んで、ああいう事件を起こしたという事実は、平成育ちの自分には理解できなかった。どうしてそういうやり方になってしまったのだろうとか、どうして戻れなくなってしまったのだろうとか、そういう疑問がたくさん出た。『連合赤軍あさま山荘」事件』は、あの時代の学生運動に興味を抱くきっかけになった。両親に「あの事件はどういうことだったのか」と問いかけたし、テレビで特集されれば見たりしたし、「あの時代はこうだった」と話す大人がいたら話を聞いた。

 テレビで流れたあの鉄球が家を壊す映像。あの映像が忘れられない。本で書かれたようなインパクトを、映像を見て受けたわけではない。だって映画のようにCGを使ったり効果音があったりするような、迫力ばかりの映像ではないからだ。けれど、あれは作り物ではなくて本当にあったことなのだ、と思うと、衝撃だ。あの映像の向こう側で、命の危機があったのだ。

 

 佐々淳行さんがお亡くなりになった、という知らせを新聞で知って最初に思ったことが、やっぱりあのあさま山荘での鉄球の映像だった。あの時代の空気は、知らない私が一所懸命に本を読んだり映像を見たりしても、遠い昔の話に見える。けれど、あの時代を生きていた人がいて、あの時代が続いて現在があるのだということを、忘れてはいけないと思うのだ。