坂本司『和菓子のアン』

 和菓子の中でも上生菓子が一番好きになったのは、家族旅行での出来事がきっかけだ。

 確か、私の卒業祝いをしよう、となって、じゃあ旅行しよう、となったのだ。旅先は、思春期真っ只中かつ運命の出会いを待ち焦がれていた私の願いで、出会いの神様がいらっしゃる出雲大社となった。お参りすれば、運命の白馬の王子様が私を迎えに飛んできてくれる、そんな気がしていたのだ。要するに、恋に恋したい乙女真っ盛り。姉妹は「え〜出雲大社? ショッピングがいい〜」なんてことをきっと胸中に秘めていただろうが、美人モテモテ姉妹と違い、ブスでデブな私にとってショッピングなんて超絶つまんない。そんなことよりも神頼みするほうが、人生プラスに働くと信じていたのだ。

 人生初めての出雲大社は、私の価値観を大いに変えた、とても素敵な旅行となった。出雲大社に行くことで知った日本神話は、それまで興味がなかった神話という物語を知りたい、と専門書を読むようになった。出雲そばを食べたことで、そば嫌いと思っていた私が、そばってこんなに美味しいんだ! と知るきっかけになった。とても楽しい旅行だったのを、いまでも鮮明に覚えている。

 そしてその価値観を変えたものの一つに、上生菓子がある。

 泊まった旅館の向かいに、古い建物があった。その建物は和菓子屋さんで、一見、もう廃業しているんじゃないか、というくらい薄暗かった。その店を動じることなく父親は入っていき、そこで上生菓子を家族人数分、買ってくれたのだ。和菓子ならどら焼きか大福、それかかりんとう、と思っていた私にとって、上生菓子は高級菓子に見え、食べるのにドキドキとした。

 いろいろあった上生菓子の中で、私が選んだのは鹿の子。ツヤツヤとしていて、綺麗だった。口に含むと、それまで食べたことがなかった小豆の甘みと上品さ、口触りの良さ。惚れ惚れしてしまった。和菓子って、こんなにも美味しかったんだ! と衝撃だった。

 

 そんな私が大人になって、書店でふと和菓子の小説、しかもほのぼのミステリーと私の嗜好にあってそうな感じ、に出会ってしまったのだ。それが、坂本司さんの『和菓子のアン』だ。

 文庫本を購入してあっという間に読み終えてしまう面白さ。登場人物のキャラクター造形の面白さや、デパ地下という乙女心ときめく舞台。そしてちょっとしたミステリー。なにより和菓子の歴史の面白いことといったら! 洋菓子が大好き和菓子ダサいだなんて言っている女性にこそ読んでほしい。和菓子は、とっても魅力的!

 そして、デブな私にとってこの小説の主人公のアンちゃんは、つい共感を抱いてしまう。イケメンの側に立ちたくないし、フリフリなお洋服は着てみたいけど着る勇気はないし、普通サイズというものに警戒してる。でも美味しいものを食べたいし、食べれたらハッピー。うん、すっごく共感しちゃう。

 だから、この度続編が出た! と新聞広告で見たときに、とても心が躍った。「やった! これでまたあの美味しい和菓子の話が読める!」でもその前に予習復習は大切だよね、と思い久々に読み直した『和菓子のアン』は、やっぱり面白くって素敵な小説だった。

 ただ、ちょっとした問題が。この小説を読み終わると、上生菓子が食べたくなってしまうのだ。それも、あの出雲の旅先で食べたような、極上の上生菓子を。

 

和菓子のアン (光文社文庫)

和菓子のアン (光文社文庫)