堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』

 堀井憲一郎さんの『落語の国からのぞいてみれば』を買った経緯を、これっぽっちも覚えていない。買った書店は覚えている。商店街にある地元の書店でだ。新書コーナーで平積みされていたのを買った。二〇〇八年のことだ。

 落語、といえば笑点。でもそれ以上に、私の中では二代目桂枝雀だ。

 父親がなんの拍子か、CD全集をどかんと買ったのだ。「面白いから聞いてみろ」というのでちまりちまりと勉強しながら聞いた。勉強しながら聞くと、勉強に集中していないときは落語がよく聞こえて、集中するととたんに落語に置いていかれる。だから話は対して頭に入っていないのに、なんか聞いた気がした。まるでよくない、落語家泣かせな聞き方をしていた。

 そんなだから、CDに収められていたショートコントのような短い落語ネタ、あれは楽しく聞いた。あっという間に話が終わるから、ぷくくと笑えたのだ。

 

『落語の国からのぞいてみれば』は、落語の紹介本ではない。なんたって、のぞいてみれば、なのだから。落語に描かれている江戸時代の生活様式なりものの考え方なりを紹介している本だ。なんにも考えずにBGMのように落語を流していたときには気づかなかった、銭やら暦への気づきを教えてくれた。それに、歩き方や酒の飲み方とか、読みながら「なるほどなぁ」と納得した。

 読みながら、「いまの私たちの暮らし方って、結構窮屈なんだなぁ」なんてことも思った。恋愛結婚だったり個人主義だったり。そりゃ、光り輝くような人生を送っている人々にはいい時代なのかもしれないけれど、日陰を歩くしかない人々には、辛いですよ。それを思うと、江戸時代というのはもっと人が野生的で動物的で、自然と一体となって生きていた、のかもしれない。縄文時代弥生時代の人たちから見たら、江戸時代もまた変な暮らし方をしてただろうし。必ずしも江戸時代がいいわけでもないけれど、少し見直したほうがいい価値観ってのを、ヒントをもらった気がする。

 

 二〇〇八年の新書だというのに、ついこの間ようやく読んだ。我が家に平積みしてあったのだ。どうして手に取ったかというと、NHKドラマでやっている『昭和元禄落語心中』を熱心に観てるから。だから、落語の紹介本だと思ったら、そういう本ではなくってちょっと凹んだ。けれど、巻末の落語解説で、落語の世界って奥深いんだなぁと思えたのは収穫。

 

落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)

落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)