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『本格小説』水村美苗

 初めて本書の存在を知ったのは、高校の模擬テストだった。

 私が通った高校は、岡山の進学高だ。大学受験にかなり力を入れている学校で、高校三年生にもなると、毎日のようにセンター試験や大学受験の対策で模擬テストを受けていた。模擬テストも出版社が発売しているのではなく、学校の先生たちが作り上げた問題だったので、国語のテストは少し楽しかった。

 ある日の国語のテストで、水村美苗さんの『本格小説』の一部分が使われていた。その一部分がどの箇所だったのか忘れてしまったけれども、抜粋の最後に書かれていた書名と著者名はきっちり覚えていた。

 少し経って書店で本書を見つけたとき、お金に少し困っていたけれども「いま買わなければいつ買うのだ!」と一大決心し、購入するに至った。

 

 新潮文庫の上下巻の本書は分厚く、読むにはかなりの覚悟が必要だった。本書を読み始めたら他の本を手に取ることは、当分先になることが予想されたからだ。えいやっと読み始めると、覚悟した通り数日間はずっと本書に夢中になって、読み終えた後の虚脱感が凄かった。魂半分、どこかへいってしまったかのようだった。

 本書はニューヨークで大金持ちになった東太郎という人物の恋愛小説だ。昭和の優雅な階級社会生まれのよう子への、深い深い思慕。その二人を中心に、没落していく一族。それを著者の視点、著者へ会いに来た青年の視点、そしてその青年に話聞かせた冨美子の視点で描かれる。

 その時代を知らないのに、軽井沢には行ったことがないというのに、まるで知っているかのように感じさせる著者の力量に感服する。綺麗だけではない、埃と息づかいを感じる小説だった。誰かを愛する、ということの苦しさを描き切った本書が、これこそが本格小説なのだと訴えるのだ。

 

 いまでも思うのが、よくこの小説を模擬テストの小説に選んだな、ということだ。私が本書を読み終えたのは大学受験を終えた後だったから良かったけれど、もし受験中に本書を読み始めてしまったら、と思うとぞっとしない。きっと試験勉強そっちのけで、読みふけっていたと思う。そして、魂半分、どこかへいってしまうのだ。

 愛することは、難しい。

 

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

 

 

 

本格小説〈下〉 (新潮文庫)

本格小説〈下〉 (新潮文庫)